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―だが、誰が何と言おうと、マルグリットは下女となり働けたことをとても喜ばしく思っていた。
王宮内を自由に歩き回り色々なものを見るのも楽しかったが、
それ以上に『労働』が人に何をもたらすのかを知ることができた。
労働は人間が人間であるための証だ。
働くことでお金を得て、暮らしを豊かにする。
人類の長い営みの中で数少ない、変わることのない価値観。
だが、逆に言えば、それをしないことには人は『生きていない』。
それは人間ではなくただの飾り人形も同じだ。
だから――
大人しく飾られている人形ではなく人間として誰かに必要とされ働く。
短い間とはいえ、それを体験できたのは僥倖であったと。
マルグリットは自分の知らない新たな世界の中で、はじめて自分という存在を見出せた気さえしていた。
―どうせ、誰にも理解されないだろうけど。
ゆらゆらと水面に映る自身の姿を眺めるマルグリット。
ばしゃりと赤い手を浸してその像を歪めた。
―いいのだ。
誰かに理解されようなんて思っていないし、
それにきっとこんなことを考える自分は『間違っていた』。
多くの人に迷惑をかけ、事件を引き起こしてしまったのは、すべて自分のことしか考えていなかった自分のせい。
決められた道に背いて自由を求めてしまった、罰だ。
身勝手で、我儘で、危険なことばかりするお転婆な貴族の令嬢。
この『なりかわり』は――そんな『子供』だったマルグリットの最後の悪あがきだったのだろう。
大人になどなりたくないと、駄々をこねていたようなものだと、今なら、そう思える。
だが、そんな『子供』とはもうお別れだ。
これからは、『分別のある貴族の大人』として生きていかねばなるまい。
マルグリットは月を見上げ、ふっと笑みをもらした。
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