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「…まあ、これはこれは。お久しぶりですね、陛下。」
ヴィルフリートがようやく後宮の入り口をくぐると、中から老婆が顔を出した。
すっと王の手前で綺麗な礼をとった彼女は、後宮全域を取り仕切る女官長である。
すでに齢六十を超える老齢ではあるものの、しゃんと伸びた背筋とにこやかに笑うその表情に当代の絶世の美女であったと言われる面影が見られる。
ヴィルフリートは彼女と対峙するや否や、少し気まずげに顔を逸らした。
―何と言ってもこれまで徹底的に後宮を避けていた故、彼がここに来るのは数ヶ月ぶりだ。
彼女のその瞳が今まで何故来なかったのか、令嬢たちのご機嫌をとるのがどれだけ大変だったかお分かりで?と言外に語っているようで、どうにも直視できなかった。
『ようこそお越し下さいました』との常套句がやけに嫌味たらしく聞こえたのは気のせいではないだろう…。
ヴィルフリートはごほん、と咳払いをひとつすると、女官長に尋ねた。
「…エイミィの部屋は。」
「ああ、本日入った下女の…失礼、エイミィ様のお部屋ですね。」
「そうだ。」
こちらは一刻を争っているというのに、とやたら勿体ぶった口調で話す老婆に少しイライラしながら先を促すヴィルフリート。
そして、
「この廊下をずっと渡った先の、東向きのお部屋でございます。今、ご案内を…」
「結構だ。自分で向かう。」
場所を聞き出すと護衛に見送りは不要、と告げ、すぐに身を翻した。
その背を見送りながら老婆は不可解とばかりに眉をひそめる。
「陛下…。あのような小娘のどこが良いのやら。」
それは数多の偽りを口にして周囲を転がしてきた女官長には珍しく、本心から出た言葉であった。
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