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「手がどうしたのですか?」
「なんでもないと言っているだろう。ただの言葉の文だ。」
「なんでもないわけはないでしょう。教えてくださいよ。何か、あったのでしょう?」
持ち前の鋭い勘も活かしぐいぐいと聞いてくる側近に、ヴィルフリートははあ、と息をついた。
―優秀な部下だが、必要以上に詮索したがるのはこいつの難点だな、と心の中で呟く。
もっとも、彼とてあの夜起こった出来事を詳細に語る気はない。
そう、それよりも――
「…ユイン。『エイミィ』は後宮入りの前夜、どこにいたと言っていた?」
「え?…ああ、星蘭祭の日ですか?」
――確認したいことがある。
ヴィルフリートは蒼い瞳を細め、真剣な表情で側近を仰ぎ見た。
ユインもそんな彼の様子に気付いたのかそれきり口を閉ざし、調書から彼の待つ情報を拾いだした。
「後宮入りの報告ついでに、両親に会いに城下に降りていた、という話です。裏も取れています。」
「…ならばやはり、その者はあの下女ではない。」
「な…」
「あの祭りの夜―『エイミィ』は王宮で私と会っていたのだ。…偶然に、出くわしてな。」
途端に、ユインは王が何を言わんとしているのか気付いた。
―同時刻に、二つの違う場所に『エイミィ』がいた。
それが指す事実はただ一つ。
「なんと、では…」
「ああ、そうとしか考えられん。」
突然変わった態度、傲慢な話し方、
そして何より『彼女でない』と自分のうちに燻るどうしようもない違和感。
さらに物的証拠、目撃証言も相重なり――疑いは確信に変わった。
「――『エイミィ』は二人いる。」
ヴィルフリートは静かにそう言った。
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