1156人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ
「―っ、下女風情が、陛下に何をする!」
がしゃん、と派手に割れたカップの音に我に返ったのか、
今度こそ控えていた衛兵が動き出し、赤毛の下女を羽交い締めにする。
しかしヴィルフリートは待て、と兵を諫め、エイミィを解放してやった。
周りは混乱状態に陥っていたが、下女は驚くほど冷静だった。
陛下に対し、ありがとうございます、と礼をする余裕まであった。
ヴィルフリートは下女の顔を覗き、問うた。
「エイミィ…もしや、これは。」
「ええ、毒が入っています。飲んではなりません。」
やたらあっさりと放たれた下女の言葉に、ざわめきがさらに大きくなった。
王も眉をひそめ、先を促す。
下女はすうっと国王を正面から見つめ、口を開いた。
「陛下、ディーボ草、というものを御存じですか?」
「ディーボ草?」
「はい。どこにでも生えているありふれた草ですが、強力な毒素を持つ毒草です。この紅茶にはそれが含まれていたと思われます。」
すらすらと知識を口にする下女。だがそれを胡散臭そうに見る者もいた。
―陛下の用意した茶会、そこで振る舞われた茶に毒が入っていたなど。
にわかには信じられない事柄だ。
下女が嘯(うそぶ)いているだけでは、と声高に話す者もいた。
マルグリットはその気配を敏感に感じ取り、
『信じていないようですね。』と呟くと、おもむろにティーポットを持ち上げ、空いているティーカップにそれを注いだ。
「…何をするつもりだ?」
「毒が入っていることの証明です。」
言いながら、マルグリットが開かれた窓の傍にティーカップを置くと、
かぐわしい香りに釣られてか一匹の蝶がひらひらと飛んできた。
この蝶を見ていてください、と下女が呟き、周囲の者が皆それに注目する。
しばらくカップの周りを舞っていた蝶は、やがてカップの淵にとまり細い口を水面に伸ばした。
そして紅茶を吸った途端――はらり、と蝶は液体の中に沈んだ。
その肢体はぴくりとも動かず、羽を紅茶にひたす。
―紅茶を飲んだ蝶は、瞬く間に命を落としたのだ。
その場にいた者、全員が目を見張った。
.
最初のコメントを投稿しよう!