午後の茶会

9/11
1156人が本棚に入れています
本棚に追加
/201ページ
「―っ、下女風情が、陛下に何をする!」 がしゃん、と派手に割れたカップの音に我に返ったのか、 今度こそ控えていた衛兵が動き出し、赤毛の下女を羽交い締めにする。 しかしヴィルフリートは待て、と兵を諫め、エイミィを解放してやった。 周りは混乱状態に陥っていたが、下女は驚くほど冷静だった。 陛下に対し、ありがとうございます、と礼をする余裕まであった。 ヴィルフリートは下女の顔を覗き、問うた。 「エイミィ…もしや、これは。」 「ええ、毒が入っています。飲んではなりません。」 やたらあっさりと放たれた下女の言葉に、ざわめきがさらに大きくなった。 王も眉をひそめ、先を促す。 下女はすうっと国王を正面から見つめ、口を開いた。 「陛下、ディーボ草、というものを御存じですか?」 「ディーボ草?」 「はい。どこにでも生えているありふれた草ですが、強力な毒素を持つ毒草です。この紅茶にはそれが含まれていたと思われます。」 すらすらと知識を口にする下女。だがそれを胡散臭そうに見る者もいた。 ―陛下の用意した茶会、そこで振る舞われた茶に毒が入っていたなど。 にわかには信じられない事柄だ。 下女が嘯(うそぶ)いているだけでは、と声高に話す者もいた。 マルグリットはその気配を敏感に感じ取り、 『信じていないようですね。』と呟くと、おもむろにティーポットを持ち上げ、空いているティーカップにそれを注いだ。 「…何をするつもりだ?」 「毒が入っていることの証明です。」 言いながら、マルグリットが開かれた窓の傍にティーカップを置くと、 かぐわしい香りに釣られてか一匹の蝶がひらひらと飛んできた。 この蝶を見ていてください、と下女が呟き、周囲の者が皆それに注目する。 しばらくカップの周りを舞っていた蝶は、やがてカップの淵にとまり細い口を水面に伸ばした。 そして紅茶を吸った途端――はらり、と蝶は液体の中に沈んだ。 その肢体はぴくりとも動かず、羽を紅茶にひたす。 ―紅茶を飲んだ蝶は、瞬く間に命を落としたのだ。 その場にいた者、全員が目を見張った。 .
/201ページ

最初のコメントを投稿しよう!