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 少女は重い自転車を押して、早く家に着いて休みたいのに呼び止められたことに少しの不快感を表して青年に振り向いた。青年は少女の手からさりげなく自転車を取り、微笑んだ。 「家はどちらです? 送りましょう。女性がこんな夜道を一人で歩いていては危ない」  今までこんな紳士的な態度を取られたことがない少女は、戸惑った。 「いや、でも……迷惑だし……」 「では、教えていただいたお礼です。でなければ、私の気が収まりません」  どこまでも紳士な態度を貫く彼に根負けした少女は家まで送ってもらうことにした。  少女を車道から一番離れた左側に、さりげなさを装い移動させた青年は大したものだ。見た目が極上だからこそ、その行動が際立ち女性を虜にしているのではないだろうか。 「ところで、名前を聞いていませんでしたね。私はサミュエル・アルバート・クロムウェルと申します。親しい方にはサム、サミーなどと呼ばれてます」 「私は(ひじり)董子(とうこ)です」 「トーコ?」  少女は頷いた。 「あなたは学生ですね? どちらの学校に通っているのですか?」 「私立精華(せいか)高校ってところだけど」  青年は目を丸くして少女を見た後、花が綻んだような笑みを浮かべた。 「奇遇ですね。私は明日からその高校に通うことになっているのです。同じクラスになれたらよろしいのですが」  青年の言葉はきっと慣れない土地で知り合いができたことから来るものだろう。  少女は曖昧に笑った。 「あっ、私の家ここだから」 「そうですか。お話しできてとても嬉しかったです。楽しかった時間をありがとう」 「はあ……」  少女はありがとうと言って家に入ろうとした。  伸びてきた手が頬に触れたと思えば、少女の唇に柔らかい感触が広がる。 「Good night, my lady」  青年はさわやかに笑って去っていく。  少女が青年にキスされたと気付くのは、彼が立ち去った三秒あとだった。 「っ人のファーストキス返しやがれ――!!」  少女の声が静かな住宅地に響き渡った。  昨夜はあまり寝付きが良くなかった。寝ようとベッドの中に入っても浮かんでくるのは金髪碧眼(きんぱつへきがん)の青年のことばかりだった。紳士な態度で人を油断させておいて、油断しきったところを狙う。まさに羊の皮を被った狼だ。気持ちが落ち着かず、董子は何度も枕を殴っては苛立ちを紛らわせていた。  隣室の弟にはうるさいと怒鳴られた。
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