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俺は山が好きだ。登山が好きというわけじゃなくて、ただ単に遠目で眺めているのが好きなんだ。
だから友人から登山に誘われた時は、正直面倒だと思ってしまった。まあ、結局来ているのだが。
猪庭(いば)山と呼ばれるこの山は、実に木々が立派に成長していて見応えがある。ただ足元の土が湿り気を含んでいて、草花とその土の匂いが混じった自然の香りが、俺の鼻を突き続けている。
どうにも鼻が辛い。花粉でも撒いているんじゃないのか。
苛立ちが募りながらも、重い荷物を背負いながら、友人の後に続いて山を登る。
「なあ、知ってるか?」
山道を歩いていた時、友人がそう話しかけてきた。
にやにやといやらしく笑っているから、あんまり良い話ではなさそうだ。
「なんだ、藪から棒に」
「いやな、俺も知り合いから聞いたんだけどよ。この山――猪庭山にはおっかない話があるんだと」
「怖い話なんて、どんな所にだってあるだろう。そんなに興奮して話すことじゃないよ」
「いやいやいや、お前も折角この山に登ってるんだから、知っといた方がいいぞ」
ははあ、と俺は勘付いた。こいつはただ単に話したがりなのだ。
知らなくてもいい、と言っても、どうせ話すだろう。俺は溜め息混じりに、どんな話だ、と切り出してみる。
「へへへ、お前、首狩り地蔵って知ってるか」
「物騒な名前だな」
「ああ。もう少し進めば見えると思うんだが、そいつは首のないお地蔵さまでよ。その地蔵になにか無礼を働くと……」
「働くと?」
「首を取られるんだよ。しかも、地蔵は取った相手の首を、自分の首にしちまうらしい」
「名前の通りじゃないか。捻りもないしつまらない」
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