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 駐車場の空きスペースに、赤いツーリングワゴンを停める。住宅街の一角にある古びたマンションを見上げ、密かに溜め息を吐いた。 2ヶ月ぶりにみるマンションは、やはり古ぼけていてあちこちにクラックが入っている。  二階中央の黒いブラインドの下がった部屋を眺めて、煙草に火を着ける。此を吸い終わったら、あの部屋の扉を叩く。 部屋の住人は、駐車場に車がある事からも、いる事は分かっている。まして、日曜日の朝に起きている事等、一秋の生活パターンからすればそうある事じゃない。  煙草の火がフィルターから1センチ位になり、灰皿へとねじ込んだ。 鼻から短く息を吐き、気合を入れて車を降りる。 あと数分後には、あの部屋の金属製の扉を叩く。 まあ、一秋は寝て居て出てこないだろうから、今日で最後になる鍵を使う事になるだろう。 鞄の底から海老茶色の、皮のキーホルダーが付いた鍵を出し、一度軽く宙に放り投げて、しっかりと握り絞めた。  コツコツ、ヒールがコンクリートの階段を打つ音が響き、その音に同調するように心拍数が上がる。後数段上がれば二階のフロアーに着く。  そこで苦しくなって足を止め、埃で薄黒く汚れた壁に手を付き胸を押えた。  私は此れから、8か月付き合った一秋に別れを切り出しに行く。  いや、既に終わっている関係なのかもしれない。只、自然消滅にするのは、私の性に合わない。何事もはっきりと形を付けたいのだ。でなければ、ズルズルと引き摺ってしまう。  何も、嫌いで別れる訳では無い。自分が自分に戻る為に、一秋を苦しみから解放する為に別れるのだ。  ゆっくりと前を見据え、再び階段をのぼり廊下を歩く。  見慣れた扉の前で大きく深呼吸をすると、やけに冷静になってくる自分に笑いが込み上げる。好きな男に別れを告げる。  人は馬鹿だと言うかもしれない。話し合ってからでも遅くないと言うかもしれない。  だけど、一秋と私は始まりから間違っていたんだから、今更話し合ったところでどうにもならないと思う。それに、一秋の必要とする私は私じゃない。一秋の望む私だ。  意を決して扉を叩く、チャイムは私とつき合う前から壊れたままだ。中の様子を窺いながら扉が開くのを待つが、一向に開く様子は無い。
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