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手にしていた鍵で、扉を開き玄関に踏み入り、女物の靴が無い事を確認して、十畳ほどの部屋に続くキッチン兼廊下を進む。
相変わらず物で溢れているキッチンを横目に、部屋のドアレバーに手を掛けると、部屋の中から絞られたテレビの音が聞こえる。
起きているのか? ゆっくりと息を吐いて、静かに木製のガラスの入ったドアを開ける。
薄暗い部屋の中で一瞬驚いたような顔を見せた後、Tシャツにトランクス姿で煙草を吸っていた部屋の住人 城川一秋は声をだした。
「久しぶりだな。どうした?」
「終わらせに来た。これ返すわ」
座りもせずに、先程使ったばかりの鍵を、雑誌の散らばったガラステーブルに置く。一秋は細く煙草の煙を吐きながら、取り敢えずと言った感じで聞く。
「何で?」
「連絡も逢う事も無い二人が、付き合ってるなんて可笑しいでしょう?」
「そうだな。やっぱり無理だったんだよ、俺達」
「そうかもね。じゃ、今迄ありがと」
「あぁ」
私は振り返る事無く、一秋の部屋を出る。
もう二度とこの部屋に来る事は無いなと思った時、背中でガシャンと無機質な扉の閉まる音がした。
上出来だ、取り乱さずに別れを告げれた事に満足すると、一筋涙が頬を伝った。
別れを告げられるより、告げる方が、苦しい恋がある事をこの時初めて知った。
重い足を動かし、車に乗り込む。エンジンをかけずに、煙草に手を伸ばした。
「終わった・・・」
それしか言葉は出なかった。
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