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 もう少し話して見たかった。  三か月前に彼氏と別れて、今は隣が寂しい時だっただけに、残念な気持ちが大きい。  容姿もそうだが、話し方や仕草に嫌味な所も無く、まずまずの合格点だ。  かと言って、このまま友人の連絡を無視して、全く関係の無いこの場に、残る事も出来ない。  心ならずも鞄を手に、ママにミント ジュレップのお礼を言って、スツールから立ち上がる。 「時間つぶしに付き合ってくれて有難う。それじゃ」  一秋に軽く会釈して踵を返そうとすると、遠慮がちに腕が掴まれた。 「また会えない? 連絡先教えてよ」  一瞬立ち止まる。  会ったばかりの相手に、連絡先を教えて良い物かと悩む。後で、変に面倒な事になったら嫌だしね。  動きの止まった私を見て、考えて居る事に思い至ったのか、一秋は胸ポケットから一枚の名刺を取り出し、裏に何か書くと私に渡す。 「裏に、俺の携番書いといたから、良かったら連絡して?」  名刺を受取り、表を見れば、地元じゃそれなりに大きな会社の名前が印刷されている。  花巻コンストラクションプロダクツ 第一営業部 城川 一秋。  営業か、印象が良いのも頷けた。 「有難う。もう行かなきゃ」 「待ってる」  そう言って、薄暗い店内で笑った顔がやけに頭に残った。  外に出れば寒さに身が縮む。コートの襟を立てて、亀のように首を縮め、友人の待つ店へと急いだ。これが一秋との出会いだった。  結局、ナンパなんだよな。  頭に浮かんだナンパと言う言葉に溜息が出る。  目の前にある水滴のついたグラスを傾け、一思いに飲み干す。  店内を見れば、カウンターにいた男は帰ったようで、私一人がポツンと座っていた。  時計を見ればまだ七時半、日曜のこんな時間に、バーに居座る女ってどうよと思いながらも、グラスを無心に拭いているマスターに声を掛ける。 「キッス イン ザ ダーク」 空になったグラスを僅かに上げて注文し、目線を手元に落とす。
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