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ブザーの音よりボールが手を離れた感触の方が一瞬早かった気がする。
「ありがとうございました!」
試合終了後の挨拶は、俺の鼓膜を震わせ三半規管を通って脳に染み渡った。俺も口に出して言うべきはずなのに、ちゃんと言えたか記憶にない。
明るい笑顔と笑い声で、関東大会の切符を手に入れた反対サイドの選手達はロッカーへと引き上げていく。
同じコート内で喜劇と悲劇は同時に競演された。ただ終わってみなければ分からないその配役は、どうやら俺達の方が損な役回りだったようだ。
肩を震わせ嗚咽を漏らす、ゴール下を支え続けた大きな背中に主将としてかけてやる言葉が見つからなかった。
ロッカー室に入る直前、何気なく目に入った電光掲示板が表す二点差の表示が俺の心をかき乱した。
バッシュとボールの弾む響きが誰もいない体育館に木霊していた。
全身から流れる汗とボールの感触、肌をなぜる冷ややかな夜気が心地よかった。
終了間際の3Pシュート。綺麗な放物線を描き、選手達の頭上を飛び越えてネットを揺らした。現役で最も美しいであろうそのシュートはしかし、バスケットカウントに加えられることはなかった。
怒りも悲しみも俺には分からなかった。ただ整理のつかないもやもやとした、どうにもならない心を持て余していた。
三年間を共にしたコートに立てば、判然としないこの気持ちに答えが出てくると思った。でもボールに触れれば触れるほど答えは分からなくなって、俺はただがむしゃらにボールを追いかけまわしていた。
リングに嫌われたボールを捕まえ、振り向きざまにコートを蹴る。
俺は宙に浮かんでいる間、ここがあの時のシュート位置と全く同じことに気付いた。
自然と動く肘と手首。添えた左手が名残惜しむように離れ、右手の指先がボールから離れた瞬間、俺は試合に負けて悔しく感じなかったあの時の自分に気付くと同時にそんな自分を自然と受け入れていた。
スパッ! という気持ちの良い音が静寂に響いた。
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