獣々見聞録

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    数日後。 「よっ、と……。 うし、これで大丈夫だろう。」 新たに出来上がったツバメの巣にタマゴを戻す。 新しい巣はほとんど人目につかない市民会館裏の軒下だ。 カラスの奴ら、無い知恵絞って考えたんだな。 『ありがとうございました。』 「うん、まぁ、これからが大変な時期なんだろうけどさ。」 彼女も、タマゴが孵れば子育てに追われるだろう。 「ったく……。 今しかゆっくり出来ないって時に、ガキどもは余計なことしやがって。」 『でも、楽しみです。』 「楽しみ?」 『はい、この子たち、わたしの初めての子たちだから……。』 「あぁ……。」 俺はもう一度、巣に収まったタマゴを見る。 こんな小さなタマゴから新しい命が生まれ、あの空を飛んでくんだよな……。 『わたし、上手く育てられるかな……。』 「大丈夫だよ、きっと。 あんた立派な母親だ。」 『そ、そうでしょうか?』 「あぁ、俺は動物には嘘はつかない。」 『そうでしたね。 へへ、わたし、がんばります。』 表情はよくわからないけど、たぶん笑ったんだろう。 そう言って、ツバメは巣に戻っていった。 「がんばれよ。」 ツバメの子の巣立ちの成功確率は50%程度。 あのタマゴから生まれた雛も、全てが大人になれるわけではない。 あの母ツバメは辛い思いをすることになるかもしれないけど、それを乗り越えて立派な母親になってくれるだろう。 「……がんばれよ。」 もう一度、ツバメのいる巣に向かって言って、俺は自転車に乗る。 動物たちの世界ってのはなかなか残酷だ。 食って食われて生まれて死んで……。 残酷で、危険が溢れてる世界。 だけど、そんな世界で生きているからこそ、あいつらはあんなにも美しいんだろうと思う。 これは、そんな世界にちょっとだけ足を踏み入れた男の話。 ただ、動物と話が出来るってだけの、そんな俺の話だ。
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