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店に入ると、コーヒーの匂いにふわりと包まれる。 柔らかいのに、甘くて苦い香りだ。 奥からは、ゆったりしたピアノの音色が流れてきた。 「奥に行こう」 彼があたしの肩を押す。 店内は人が疎らだ。 ふと、窓際に一人座っていた西洋人の男がちらりと青い目をこちらに向ける。 しかし、すぐまた窓の外に目を逸らすと小声で何事か呟いた。 「ダージリンを二つ」 あたしを奥の席のソファーに座らせると、彼はやってきた給仕の若い男に言いつけた。 その給仕の顔つきを見て、あたしはまたギクリとする。 両手とも指が五本揃っているから別人と分かるが、最近ボスの運転手を任された三下の誰かに似てる。 そいつと同じでこの給仕もちょっと見は男前で、本人も意識している風だが、よく見ると締りのない口元が卑しい。 「他に何か頼むかい?」 彼がメニューをこちらに開いて示す。 金釘みたいなアルファベットがずらりと並ぶと、食べ物の名前というより異国の呪文に見える。 ……給仕さん、そんな目で客を眺め回すのはやめてちょうだい。 あたしはあんたの部屋に来た女じゃない。 「いいえ」 柔らかなソファに凭れたまま、首を横に振る。 昨日の夜から何も食べていないが、全く空腹を感じない。 「それで頼むよ」 彼が穏やかな笑顔で告げる。 「かしこまりました」 給仕は恭しく一礼すると、去っていった。 だが、立ち去る際に、そいつがいけ好かない目つきを彼に投げたのをあたしは見逃さなかった。 これは彼と一緒に居る時にすれ違う男がよく浮かべる表情だ。 自分を男前だと信じてるらしき手合いに、特にこの割合が高い。
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