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「あはは」
思わず目を上げると、彼が額に手を当てて笑っていた。
「またやられたよ」
細く長い指で秀でた額を叩く。
張り詰めた絹に似た、滑らかな額。
「君と店に入ると、僕はいつもボーイの奴に睨まれるんだ」
口調はおどけていたが、目はまた叱られた子供の様に伏せていた。
「君みたいな女性がどうしてこんな男と、と思われるんだろう」
彼はまるで詫びる風に呟いた。
背丈はヒールを履いたあたしと同じくらいだし、華奢な体つきも白いシャツの上から見ると男にしては貧弱だとか、あるいはいかにも柔弱で女みたいな顔だとか、彼の姿形だって、ケチを付けようと思えば出来なくはないかもしれない。
しかし、この横顔を目にして、美しいと感じない人間が果たしているだろうか。
「それは思い過ごしよ」
知らず知らず膝に組んだ手に目を落とす。
右手の薬指でダイヤモンドがきらりと刺す様に光った。
この人の目には、あたしが本当に高貴な女に映ってるんだ。
金持ちの若妻を装って男を騙し、美人局の片棒を担ぐ、ゲスな女が。
黒い繻子の襟が首を締め付けてくる。
こんな上等な生地や値打ち物の宝石なんて、お前に着ける資格はない。
身に着けた物からもそう言われている気がする。
ひょっとすると、さっきのボーイが睨んだのは、彼じゃなくてあたしの方だったのかもしれない。
ここの給仕なら一応はまともに働いて稼ぎを得ている。
あたしときたら、それにすら及ばない。
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