忘れられない

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動揺を隠せずに、左右に泳ぐ曽我の瞳。 「どうしました先生?本音を言われちゃって何も言えませんか?」 「くっ…」 何か言いたそうな顔をしているが、言いたくないらしい。いや、言えないのかもしれない。 曽我からどんな卑下する言葉を吐かれようとも、ボクはすかさずに反論する事ができる。 ボクは有利で、曽我は明らかな不利なのだ。それはポケットの中に入っているスマフォのデータが圧倒的によって確立されたものだ。 ボクは真っ直ぐに扉を指差す。 「ボクらは決してここであったことを口外しません」 カノジョに視線を向けると、こくりと頷いた。同意したということだ。 本心はこのような劣悪極まりない曽我を追放したいだろうが、この場を治めるため…もとい、曽我の感情が爆発することを避けるためにはこれが最適だとボクは独りよがりにそう思ったのだ。 ボクは身勝手でしかない。 カノジョに対しても…そして、キミに対しても。 ボクは学習せずに愚行を繰り返すだけ。 「早く!」 手近にあったテーブルを強く叩き、曽我の退室を柄にもなく物理的に訴えるボク。 曽我はピクリとすると、早足で扉に向かっていった。 震える手を扉にかける曽我。 「先生」 ボクは静かな声で曽我の背中に言う。 「先生も、ここであったことをくれぐれも話さないように」 その言葉を受け止めると同時に、何も言わずに曽我は出て行った。 高い足音が廊下に響く。 おそらく曽我が話すことはないだろう。 こっちには決定的瞬間を激写したスマフォがあるのだ。教師生命を投げ打ってまで話すという度胸は持ち合わせていないだろう。 「さてと―――」 振り返ると、当然のことながらボクを呼びつけた張本人であるカノジョがいる。 そして、カノジョに訊ねる。 「どうして僕をこんなところに呼んだの?」と。 まるでなぜ呼ばれたのか理解できていないかのように。 …いや、実際ボクは、カノジョに理科室に呼ばれた理由など検討も心当たりもなかった。 カノジョの顔色が徐々に赤みを増していくことに気付かずに…。 キミなら簡単に、安易にカノジョのこころのうちを理解できたかもしれない。 キミだから…。
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