死人は笑う

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 俺は、今火消しに教えられ分かったのだが、この町は千代田家がおさめる城下町で、道場のいくつかは千代田流派。 初めて聞いた流派だが、直心流(じきしんりゅう)に似た流派で、 八代続く千代田家の祖先が、 新陰流第五代の神谷伝心斎が若年の頃、十五流に達したという、「剣道とは、己をすてて直心で進み、非心を断って、自然に生きることである」と、悟って「非切」という極意を受け、甲源一刀流(こうげんいっとうりゅう)の足斬りの法を加えたような形を千代田家祖先があみ出したらしい。 直心流はここらでは、有名の流派だが実際に入門した者を聞いたことも見たこともなかった。 そして、俺がたすけたこの子どもは、その千代田家の跡取りで千代田雅千代様というわけらしい。 叫び声の主は、この雅千代殿の世話役の女で人柄はよさそうだが見るからに、頼りなさそうだ。 子どものすることぐらいは、見ていて欲しいものだが、こうして川に落ちてしまった以上手遅れだ。 血相を変えて俺に何度も礼を言ってくるが、まずは自分の心配をして欲しいものだ。 雅千代殿は、というと、川に落ちたことが嘘であったかのように、妙に真剣な眼差しで何かを見つめている。 この子どもが見ている方に何があるのか気になり、目を向けると向こう岸で馬車の馬が糞をしている最中だった。 俺は、思わず顔をしかめた。 「雅千代殿は、馬に興味をお持ちですか。」 俺がそう尋ねると、 「うん。でも、あの馬さんは、大きな糞をするんだねっ」 雅千代は、笑顔でそう答えた。 そして、今度は俺もたまらず、大口を開き笑った。 「あはは。こりゃ大変、大きな糞だ。もし踏んだら大変だ」 「おじちゃん。面白くないけど?」 「こりゃ大変失礼しました」 俺は、そう言うとまた笑った。 すると、雅千代殿も釣られて笑い出した。 これほど、笑ったのも久しぶりだ。 ちなみに、俺はおっさんと呼ばれるにはまだ早いと思う。
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