カンビュセスの内定

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 もちろん泣こうが叫ぼうが状況が変わるわけじゃない。これから俺たちは就職内定者専用の合宿所に連行されて、卒業と同時に各企業に送り込まれる。もう二度と家にもこの町にも帰る事はないだろう。  送迎車という名前の護送車まで歩いていくわずかな距離の間に、俺たちを遠巻きにして見つめている同じ四年生の集団の中に、俺は自分の恋人の姿を見つけた。卒業したらそのうち結婚しようと誓い合った彼女の姿を見た途端、必死で保ってきた俺の理性はあっけなく崩れ落ちた。 「真紀!」  その叫び声はどこか遠い異次元世界からでも響いて来たように思った。それが自分の口から出ているなんて自分で信じられなかった。もちろん側にいた警官にすぐに芝生の上に押し倒されて拘束されたが。  それでも彼女の名前を叫び続ける俺に、恋人の、いやさっきまで恋人だった女は、顔をそむけながらぽつりと言った。 「大企業に就職する人とはもう付き合えないわ。あたしにも将来があるのよ。分かって」
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