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「覇っ!!」
早朝、布団で暖まった体をつつくような冷気。
太陽も完全に顔を出しておらず、大部分が闇に支配されていた。
僅かな車のエンジン音に、新聞配達や、朝のジョギングをする中年の息づかいでさえ聞こえる静寂な住宅街。
「賦っ!」
腕がまるで棒切れのような鋭さで空を切る。
なんとも機敏で力強い突き、払い、蹴り。
表皮に付いていた汗の滴でさえ、鋭利な刃物に見える。
「啼っ!!」
掛け声と共に白い息が出る。
口から出る呼気の飽和水蒸気量を下回る温度のはずなのだが、本人は全く寒がる素振りはない。
いくら長袖のTシャツにジャージだからといって、寒さを超越できるわけではないのだが……
「…………」
しばらくの黙祷のあと、彼は小さくお辞儀をした。
その足は朝露で濡れていた。
ガラガラガラ……
庭の窓から暖かい室内へ戻る。
濡れた足はそのままに、洗面所へと進んでいった。
戸を閉め、長袖のTシャツとジャージ、柄パンを脱ぎ、風呂への戸を開けた。
いつも風呂を最後に入るのは父である晴之〔ハルユキ〕であるため、シャワーの温度が高めに設定されてある。
彼の適温である34度のメモリに合わせ、ノズルを持つ。
放出されたぬるま湯を頭からかぶり、軽く髪をとかす。
それだけで彼のシャワータイムは終わりだ。
そして、風呂から上がり、パンツだけを新しいものに替え、ドライヤーで髪を乾かす。
時計は五時を指している。
こうして彼は再び就寝するのだ。
これが影山陰次〔カゲヤマインジ〕の朝の習慣だ。
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