『月を見ているか?』

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 新宿から八王子方面に向かって車を流していると、上北沢の辺りでタクシーを捕まえようとしている女性客を見付けた。  私は直ぐ様ハザードランプを点滅させ、車を路肩に寄せる。  それに気付いた女は、「やっと捕まった」という様に、大きく肩を揺すりながら息を吐き、小走りでこちらに駆け寄ってきた。  ところが、乗車しようと身を屈め、車内に視線を落としたその時、 「あっ! ごめんなさい、気付かなくて」 と言い、乗らずに降りていってしまったのだ。  私は訳が分からず、その客を呼び止めた。 「お客さん、乗らないんですか?」  すると女は、怪訝そうにこちらを見遣った。 「いや、相乗りはちょっと……」  相乗り?  思わず車の後部座席を覗き込んでみる。だが言う迄も無く、先客などいない。  当然だ。つい今し方、新宿で降ろしてきたばかりなのだから……。  しかし女は、私の言葉など聞こうともせず、足早にその場を立ち去ってしまった。  私は暫く呆然と立ち尽くし、それからもう一度、後部座席を覗き込んでみた。  彼女は、一体何を見たのだろうか?  
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