― 指宿(いぶすき)の章 MOON ―

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* 電車を降りるとおれはバス乗り場を探した。初めて降りる駅だったので勝手がまったくわからない。重い気持ちを切り替えて改札を出た正面にある案内板と向き合う。あのクソ課長のせいだ。畜生。 小学校が廃校になるようなところということで元々想像していたとおり、駅周辺は閑散としていた。たかが電車数駅分でずいぶんと田舎っぽい雰囲気に変わってしまうものだ。 東京都民ならばみんながみんな《都会人》だと思っているとそれは大きな勘違いだ。窓から見える光景は埼玉や千葉、その他の地方都市で見るそれよりも遥かに、なんというか落ち着いたものだった。空気が1度くらい冷たくなっているように感じる。 当然バス乗り場もさほど迷うようなところにも無く、路線も3、4種類ほどだった。おれはすぐに目的の乗り場を探し当てると停車位置のすぐそこにあるベンチに座り込んだ。携帯は……電池が少なくなっているから使用を控えよう。kuitから連絡があるかもしれないし。 同じ車両に乗り込んだのはおれの他には右手にハンドバッグ左手には土産物らしき手提げ袋を下げた背の曲がった老婆が一人だけだった。本当に閑散としてる。こりゃ廃校にもなるわ。仮におれが結婚していて子供がいたとしてもこの土地に住みたいとは思わない。 確か聞いた話では、神御黒小が廃校になる数年前まではここら辺もそこそこの規模の街だったんだとか。しかし当時の市長が強攻に進めた改革が軒並み大失敗し、企業誘致、イベント開催、もろもろ全てコケてしまって大赤字を抱えたんだとか。それを受けて市長はさらなる愚行を重ねた。市民税の増税に踏み切ったのだ。すると当然のごとく、土地に思い入れの薄い若い世代から順に離れていき、子供もいなくなり、彼らをターゲットにした商店が撤退し、当然税収は下がりより一層の財政悪化をもたらし、そして都内のデッドスポットが出来上がった。窓から見える光景には人影も、開いた商店も、コンビニですらまったく見られない。まるで歴史から抹消された土地のようにひっそりと、ただただゆっくりと滅び行くためにそこに在るかのようだった。 「あの……」 消え入るような声。 「あの……すみません……」 ひょっとしたらおれか?当たり前だ。このバスには三人しかいない。 「すみません……」
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