― 指宿(いぶすき)の章 MOON ―

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おれは小銭を支払い、バスを降りると、降り際に運転手に教えてもらった方角へと歩き出した。神御黒小は小高い丘の上にあり、周囲はさほど背が高くないが森林に覆われていて見える範囲には集落も無い。 「本当に、学校しかないところなんだな……」 しかも丘の上。どうやって子供たちは通学していたのだろう。通学バスでもあったのか?それとも以前はもっと開けていたのだろうか。その解答はものの数分歩いた先に校舎が見えるてくると、すんなりと理解できた。 極めて斬新な形状に広大な敷地。お台場で見たことのある建物を一瞬思い出した。何だったっけ。校舎は5階か6階建ての全面ガラス張りの構造をしていて、一方その隣にある体育館らしき建物の表面には何かしらのデザインがほどこされていたようだ。すでに塗装は剥げ、砂やツタにまみれているため、そこにあったであろうアートの兆しを感じることはできなかった。 校庭はサッカー場が2面取れるほどあり、その緑色と灰色の入り交じった残骸が示しているようにどうやら人工芝だったようだ。校庭の脇にはネットで区切られたラバーコートが4面、それぞれテニスやバスケットボール、ハンドボールなどで使うらしき線が引いてあった。線はかすれて一部やその大半が無くなっていたのだが、それらスポーツの基本的なルールすら把握していないおれにとってはその不完全な線が織り成す欠落した幾何学模様はどれも似たようなものに見えた。 とにかく広大な敷地に押しつけがましいほど近代的な建物。つまり相当なお坊ちゃんお嬢ちゃん学校だったのであろうことが容易に推察できた。送り迎えの爺やの生き霊が見えそうだ。 「これは、廃校っていうよりは廃業か……」 例の市長の時代に誘致の流れに乗って参入してすぐに撤退、というところなのだろう。ま、どうでもいいことだが。
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