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「ゆめちんって先月はどこかに行ってたんだっけ?」
三ノ輪結女は上品なグラスに半分ほど注がれた赤ワインを口に運ぶと、ゆったりと堪能した風なため息をついた。
「……ロスよ」
結女の向かいに座った香月(こうづき)綾乃は続けた。
「へー、収録か何か?グラビア、は無いか」
「ちょっとバカンスにね……」
「そうなんだー、それはそれは」
「そっちはどうなの?仕事は」
結女はグラスを置くと魚介のテリーヌとズッキーニのアンティパストに手を付けようとナイフとフォークに手を伸ばした。
「うーん、最近はバラエティとかクイズ番組ばっかでね。まぁ、悪くはないんだけど、ポジションっていうかなんていうか」
「観てるわよ。《男のコ・女のコ》だっけ」
「あれはねー。あの番組かなり視聴率取れてて、それはそれでいいんだけど、事務所があの仕事を受けた時点で今の私の芸能界でのポジションが決まっちゃったのよ、ハッキリ言って。三十路女が若いコたちに囲まれてさぁ、もうやることなんてわかってるじゃない?そこまで空気読めない人間にはなれないでしょ?」
結女は興奮気味の綾乃をよそにグラスの残りを空ける。
「観てるからわかるわよ。正解じゃないの。あれから仕事増えたでしょ」
「そう、そこなのよ」
話に夢中になっていた綾乃はようやく自分の持っていたナイフが肉用のナイフだったことに気付き持ち直す。そしてそのままテリーヌとズッキーニのスライスをフォークで串刺しにするとナイフで3分の1ほど切り取り裏、表、切断面、とソースを染み込ませた。
「仕事は増えたよ。確かに」
口に入れると綾乃は恍惚の表情を浮かべる。
「やっぱりここは美味しいよねー。最高」
続けてもう3分の1、そしてワインを口に含むと最後の3分の1。あっという間に結女を追い越しナイフとフォークを置いた。
「あんた、相変わらずね」
行儀良く小さめに切り取ったテリーヌをゆっくりと口に運びながら結女がつぶやく。横では服装だけでなく髪型もパリッと固めた細身のウエイターによって結女のグラスへ2杯目のワインが注がれていた。
「そういえばゆめちんはもうアルコール大丈夫なの?」
結女はグラスに目線を送ると無言で口へと運ぶ。
「何年前だか、あったじゃない……」
「そんなの随分前の話だよ。もうとっくの昔に治ってる。大丈夫だよ」
結女の口調はゆったりしながらも重苦しかった。それを感知すると綾乃はすぐさま話題を変えた。
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