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燭台の灯がゆらりと揺れる。
薄暗い室内を照らすその唯一の光は、まるで俺のなかにある不安を体現しているかのようだ。
ふっ、と息を吹きかければ容易く消える小さな灯火を、 吹き消さずとも時と共に消え去ってしまうこの儚い灯火を俺は無言のまま見つめていた。
「すいません、その、なんと言えばいいか……」
静寂に耐えかねたのか、燭台の置かれた木目調の丸いテーブルの対面から控え目な声が響く。
自然と導かれるように燭台の灯から声の主へと視線を移すと、そこに座る少女もまたどこか悲しげに翡翠色に染まる瞳で俺を見つめていた。
しかし、視線が合った次の瞬間に彼女は目を伏せてしまう。 端正な顔立ちの前に、微かな灯りを受けて艶めくライトブラウンの髪がはらりと流れる。
美少女と言ってしまうのは簡単で、しかし、そうとしか言えない彼女を前にしているのに、俺が出来る事と言えば――
「正直、お手上げ状態だよな……」
ははっ、と掠れた笑い声で返すだけしかなかった。愛想笑いさえ出来ない言葉だけの笑い、それが精一杯だった。
「…………」
対面からの返事はない。肯定の虚しさも、否定の無意味さも理解してか、ただ噛み締めるように押し黙る優しい彼女に俺は言葉を続ける。
「どうしてこんな事になったのやら……」
紡いでなお、意味を持たない言葉を溜め息と一緒に吐き出しながら、俺は記憶を手繰り寄せる。
時間にして、たったの数時間前。
その数時間で、俺の日常は何の前触れもなく消えてなくなったんだ。
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