9人が本棚に入れています
本棚に追加
1人で歩く帰り道は侘びしさに寒さが増したかのよう。口うるさい妹の目がないことにポケットへと両の手を突っ込もうとして、ざわり……
「……別に格好付けてるわけじゃないんだがな」
寒気とは似て非なる感覚を背中に覚え、ポケットに入れるつもりの手を止めた。多少悴んでいたけど、我慢できない程でもない。ささやかな抗議の意を込めた溜め息が白く残った。
今頃、灯衣菜とアイツはどうしているだろう。思考の行き着く先は結局の所、それに尽きる。
仲違いした。というには語弊があるか、結果が同じならば過程が口喧嘩でも殴り合いでも大して変わらないか。
見上げる空はまだ青いまま、千切れた雲を浮かべていた。あの雲も元々は1つだったのだろうか、なんて思えば今度はむず粥さに襲われた。
今日はいつもより"判定"が厳しい。 勿論良い意味なら、再び溜め息が吐き出されるべくもなく――
「おう、キョウじゃねぇか」
むしろ盛大に溜め息をぶちまける事になった。背後からかかる声に歩幅と速度を上げた直後にがっしりと肩を掴む大きな手、偶然にしてはあまりにも不遇だ。
逃避を諦めて向き直れば、視界を埋める程に広く厚い胸板、見上げれば顎髭を生やした人相の悪い面構えの偉丈夫が犬歯を向いて豪快に笑っていた。
残念ながら、こんな寒空の下でもTシャツと短パンという残念で有り得ない服装をした男を俺は残念な事に1人しか知らない。
「1人か? 丁度いい、一緒に帰ろうぜ。マイサンよ」
佐居 臥偉(さい がい)。
こんな時間に遭遇する筈もない我が家の大黒柱である。片手に長ネギの突き立つエコバックをぶら下げている辺り、買い物帰りなのだろう。
「ったく、間の悪い……」
「そうと決まれば家まで競争か? それとも俺が肩車でもしてやろうか?」
ガハハと豪快に笑い飛ばす巨漢のせいで再び溜め息が漏れ出した。不幸中の幸いにも人目がない事、ただそれだけだ。
「ガキじゃあるまいし、そういう事は灯衣菜にしてやってくれ」
「まったく同じ事を先日言われてな……父さんとしてはお前たちの成長を喜ぶべきか悲しむべきか……」
遠い目をして天を仰ぐ親父の気持ちは察する所ではないが、ただその姿がほんの少し小さく見えた。それでもまだデカいけど。
最初のコメントを投稿しよう!