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 エゼルがランドルの家で酒を呑んでから、数日が経過していた。 「どうしたんだ? 今晩の食事はやけに豪勢じゃないか。肉料理なんて」  ランドルは久々の肉料理に舌鼓を打っていた。  夕食でのことだ。 「臨時収入があったのよ」  彼の若くて美しい妻は金髪をふわりと掻き上げ、こともなげにさらりと言った。  だが、ランドルにはそれがどういうことか、すぐに分かった。 「ナチスにユダヤ人を売ったのか?」 「そうよ。皆こうやって生計を立てているわ」  妻の態度に悪びれた様子は微塵もない。それが当たり前で一般的なのだ。  しかし、ランドルにはそれ以上の問題があった。  「まさか」という一抹の不安が、その胸を横切る。 「どこの誰を売ったんだ?」 「そんなの、あなたには関係ないでしょう」 「大有りだ! 場合によっちゃあ、この家にはいられなくなる」  ランドルは血相変えてテーブルを立ち、妻に責め寄った。  もしも売ったのがエゼルならば、大変なことになる。  いきなり顔色を変えた夫の意図が掴めず、何も知らないランドルの妻は戸惑いがちに白状した。 「な、何かと家にやってくる、ガリガリの汚らしいユダヤ人よ」 「……エゼルか」 「ユダヤ人とつき合うのはやめてって、前から言ってるでしょ。あなたがちゃんと約束してくれないからよ」 「馬鹿野郎!」  恰幅のいいランドルが一喝すると、妻はびくりと身を縮こまらせた。 「勝手な真似しやがって。いいか、エゼルは親友だ。俺はあいつを逃がすための紹介状を書いた。あいつがナチス軍に捕まれば、俺たちの身元が割れて、ユダヤ人を手助けした罪で捕まっちまうんだぞ」 「なんですって?」 「今すぐ荷物をまとめろ。逃げるぞ」  夫婦が慌ただしく動き出した時、玄関のドアが乱暴に蹴破られた。  夜の風が遠慮なく吹き込んできて、ランドルたちは反射的に玄関を見やった。  そこには、血塗られたハーケンクロイツの国章を携えた軍服の男たちが何人も立っていた。  隠れる暇は、ない。  妻がランドルの後ろに陣取る。 「ユダヤ人を匿っている村があるそうだな」  ……ナチス軍。  その銃口は全て、ランドルとその美しい妻に向けられていた。 【了】
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