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「お前がいなくなると、寂しくなるな。この家を一番把握していたのはお前だったから、これから大変だよ」  エゼルが何十年も仕えた屋敷を辞める時、主人はそう言って彼の辞職を惜しんだ。  ナチスによって「非ユダヤ人はユダヤ人を雇ってはならない」という法律が制定された、丁度その頃のことだ。  しかし、主人がエゼルを辞めさせたわけではない。  エゼル自身が、人のいい主人に迷惑はかけられないと、自ら退職を申し出たのだった。  以来エゼルは、郊外の工場にもぐりこみながら家族を養っていた。  薄給のせいで何度ひもじい思いをしたかしれない。  その上、ナチスのユダヤ人弾圧がのしかかってきた。  胸にユダヤ人の印をつけろ、電車はユダヤ人用の車両に乗れ、店はユダヤ人お断り。  正直、やり切れなかった。  しかも弾圧は日増しに強くなっていく。  気がつけば、ユダヤ人は公共の場から締め出され、ろくに外出もできない有り様になっているのだった。  外に出ればドイツ人たちに石を投げられ、蔑まれ、下手すれば殺される。  おかげでエゼルは、工場に通うことすらできなくなっていた。
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