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重苦しい沈黙の淀む部屋の中央で、煌々と輝くランプの明かりが、神妙な二人の表情を浮き彫りにする。
油を節約しているから、彼らの手元は闇にまぎれていた。
お互い歳を取ったものだな、とエゼルはつけ加えた。
「知っているか?」
テーブルに身を乗り出し、ランドルが突然声を低めた。
豊満な腹が嫌でもテーブルに食い込む。
「ユダヤ人を見つけて通報した者には、肉と賞金が出る」
「……」
ろくに外出しない上ラジオの使用さえ禁止されているエゼルが、知るはずもなかった。
「フランスの山間に俺の知り合いがいるんだ。紹介状書いてやるから匿ってもらえ。今の生活、相当きついんだろ?」
エゼルは酒の入ったコップをテーブルに置き、眉をひそめてランドルを凝視した。
「ここだけの話だがな、そいつの村、村ぐるみでユダヤ人を匿っているってぇ話なんだよ。まず、道端で石を投げられることはねぇ。国境さえ越えればこっちのものさ」
「ビザがない」
「この際、そんなこと言ってられねぇだろ?」
エゼルは無言でコップの中身に目を落とした。
目の前にいる金髪碧眼の太っちょは無二の親友だ。
だが……。
「そう疑うな。信用できる奴だ。俺もそいつも絶対お前をナチスに売ったりしねぇよ」
エゼルの心配を読み取ったのか、ランドルは固い椅子にもたれかかって、わざとらしい明るさで言った。
「まあ、俺の家も隣の家も裕福な方じゃないからな。誰が何をするとも分からねぇのは事実だけどよ。特に俺の妻とか、さ」
笑えないランドルの冗談に、エゼルは愛想笑いで応えた。
エゼルはランドルの妻が苦手だった。
ランドルと同じ金髪碧眼、乳白色の肌。
親子ほども歳が離れ、若くて美人は美人なのだが、どことなくつんけんして冷たかった。
特にエゼルを見る彼女の目には、明らかに侮蔑が混じっている。
それでも、暗い話で盛り下がるよりは美人の話でもしていた方がいい。
「あの綺麗な奥さん、お前を放って先に寝たのか?」
エゼルの口をついた言葉を皮切りに、話はどんどん別の方角に転がっていった。
そしてエゼルが腹を決めたのは、夜も白む刻限だった。
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