【桜が散る刻】

2/10
前へ
/12ページ
次へ
   その日、僕は普段と変わらずに仕事を終わらせて、無事に帰るつもりだった。  なのに何故か、予想外の出来事に出会ってしまった。  いや正確には、予感はしていたのかもしれない。  けれど無意識に、それを否定しようとしていただけなのかもしれない。    ――こんな場所で、逢いたくはなかった。  僕が初めて“その他大勢”ではないと思えた人物。   『――昴琉君。』   (もう流石に、笑いかけてはくれませんか…)  胸の中でこんな事を思いながら、微笑みを作る。  この仕事を続けていく過程で、いつしか本心を見透かされないように、仮面を被るようになったのかもしれない。    そんな笑顔も、貴方には“不敵”と見えたのでしょうか…。  精一杯に自分の気持ちを隠していた。  自分の気持ちが、よく分からなくなっていた。 『憎んでいるわけじゃない。もちろん、愛してもいない――』はずの貴方を、僕は本当はどう思っていたのか。  どうやら僕は、その答えに、すでに気づいていたらしい。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加