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リムジンから運転手が降りてくる。
出てきたのは柔和そうな笑みを浮かべる初老の男性だった。初老、というのは顔を見て判断できただけで、体だけを見ればタキシードに包まれ、背筋の伸びた背が高い男を老人と呼ぶかは疑問だ。
「お呼び致しましたか、慧哉様」
真っ直ぐに立つその姿は、長年この地位にいたのであろうということを匂わせる。
「あぁ。ちと食べ過ぎで腹痛くなっちまって。家まで送ってくれねーか」
それはそれは、と男は後ろ座席のドアを開けながら車の内部にあるボックスを取り出す。
「胃腸薬ならここにありますが」
「いいよ。少し休んだら治る」
「…それだったら私を呼ぶ必要は無かったのでは?」
「時間がもったいない」
左様でございますか、と男は慧哉が入ったあとドアを閉め、運転席に乗り込む。
「ごんぞー」
慧哉が男の名前を呼ぶ。
「なんか午前中あった?」
「特には」
そう言って、渋谷権三(しぶたにごんぞう)は緩やかに車を発進させる。
この男、慧哉が物心つく前から露川家専用の執事として露川家内で生活している。渋谷家は代々露川家の専属執事――またはメイド-だったのだが、渋谷権三で途絶えてしまったらしい。(理由を慧哉が聞くと『慧哉様にはまだお早ようございます』と言われた。何が早いのか全く分からない。)
「あぁ、御主人様から夜はパーティーがあるから遅いと先程電話をいただきました」
「いつものことだろ。ほっとけ」
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