新と旧の佇まい

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慧哉は思わず、ゴクリと生唾を飲み込む。見た目だけなら間違いなく食欲を誘うものなのに、彼にとっては『母が作った料理』というだけで十分に食欲阻害要因になるのだ。 「さあさあどうぞっ!」 満面の微笑みで勧めてくる母に軽い殺意が湧く慧哉であるが、これを無視してしまうと今度は『寧架の号泣』というビックイベントが待ち構えている。そうなると、このシチューで倒れるよりも酷い状況――親父にボコられる――になるわけだ。 マイナスとマイナスの天秤。どちらも、人によっては救急車よりも、屋根に寺が付いているあの車を呼んだほうが良いのではないかという状態になりかねない。 寧架からは見えないほうの慧哉の頬に、冷や汗が一つ静かに走る。 緊迫し、静まり返った戦場主に――慧哉目線――の状況を進展させたのは、寧架の小さな呟きだった。 声色的には、小さな子供が泣き出す寸前の震えた声で。 「…もしかして…慧哉ちゃん…。た、食べてくれないの…?」 その瞬間。慧哉の行動は決定した。素早くスプーンを掴み、一瞬の迷いもなく皿に注がれたシチューを飲み干す。口に含んだ液体を喉に通すと同時、慧哉の目が限界まで、カッ!!と見開かれる。 「……、………。…………ッ!!!」 そして、ゆっくりと首を寧架の方に回し、ゆったりと微笑み感想を言った。 「……とテも、美味で、ス」 やることはやった、慧哉はそのままの表情で真後ろに倒れる。 混濁し薄れ行く意識のなかで、慧哉はぼんやりと思う。今回自分を運んでくれるのは、救急車か、ドクターヘリか。…寺が付いた車はないと思うが。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
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