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「伊藤さん、いつの間にあんなうまいことになってんだよ」 「出世間違なしだぜ。羨ましいよな」 この時間なら会わずにすむと思ったのに、この話題か。 営業に書類を持っていくよう頼んだ課長を恨む。 「葛城さんはなんか言わなかったのかな?」 言いたくても言えなかったんだよ。 「さぁな。お互い大人だしな」 だって、私だけ何も知らなかったんだから。 「失礼します」 大きめのノックと視線を合わせないように素早く会釈。 話していた内容の当人だったせいで、彼らの顔に明らかに「ヤバイ」と書いてある。 「頼まれた書類をお持ちしました。黒川さんに渡してもらえますか?」 「……あぁ、はい」 早口に要件だけ伝えると、彼らはひきつった笑顔で書類を受け取った。 「失礼しました」 扉を閉めると、中から小声で「聞かれたかなぁ」と焦る声が聞こえた。 「あれ、瑛ちゃんが来てる」 この会社で、私の名前をしかもちゃん付けで呼ぶ男はこの人しかいない。
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