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恭介には心当たりがあった。いや、あるなんてものじゃなかった。けど、考えるだけ無駄になりそうなので今はやめておいた。
まず何より、学芸棟に向かうことが恭介にとって最優先事項だ。
思考を停止させ、恭介はA棟とは別の学芸棟とよばれるB棟へと足を向ける。
一先ず、何かを考えるのはよそう。
他人の好感度にかまけている暇はないはずだ。
そう自分に言い聞かせて、恭介は気持ちと太ももに鞭打ち、再び歩き出す。
「やっぱ俺、嫌われてるなあ……。」
けど、どうしても暗い気持ちが心に積もり、恭介の脚の動きを緩めてしまう。
気怠げな重力で足下がすくわれ、気づけば、狂い咲きした一本の桜の大木の前で恭介は立ち止まっていた。
「しょっぱいなあ……。俺の青春……」
目をすがめて、大木を見上げる。
優に30メートルあるだろう桜木は巨木さながらの風格を漂わせており、風に揺られては桜の花弁を降らせている。
その樹冠は、恭介の通う1-Bの教室まで伸びていて、校舎に大きな影を落としていた。
「灰色だよ……。いや、どす黒いよ、俺の青春」
情緒とは対照的な奇麗な桜の色に、自嘲的な笑みを浮かべてしまう。
「何でこんな学校選んでじまったんだろう……」
口から紡がれた感想は、すぐに桜の花びらにかき消されてしまった。
グラウンドから漏れ聞こえる野球部員の掛け声だけが、恭介の胸中で虚しく反響する。
後顧の憂いばかりでは仕方ないことくらい恭介にも分かっている。けど、後悔せずにはいられないのだ。
思い起こせば、恭介がこの私立明星桜学園、通称、明学の受験を決めた理由も、こんなしょっぱい青春をおくる為ではなかった。それに、家が近いからだとか、学費が安いだとか、自分の偏差値に見合っているからだとか、どこにでも落ちているような安売りの理屈からでもなかった。
恭介の望む、甘酸っぱい青春とウハウハリア充ライフが明学にはあると信じていたからだ。
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