~静寂の始まり~

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 快諾とはいかないものの、少しでも教えてくれる事に彼は内心で安堵した。それだけ彼にとっては重要な事なのだろう。 「……聞かせてくれ」  しっかりと神様を見据えて、力強い眼差しを送った。それに神様は若干の戸惑いを見せるが「いいでしょう」と真剣な口調で語り始める。 「貴方は死ぬ運命だったある少女を、自らの命と引き換えに助けたのです。どうやって助けたか、誰を助けたか、どう死んだのか……それは教える事が出来ません。 そもそも運命をねじ曲げること自体があり得ない話で、こればかりは私ですら予期していませんでした。この部屋に来ていただいたのは、そんな稀有な魂の持ち主と直接対話してみたかったからです」  誰かを助けた事など覚えていない彼にとって、それはあまりに現実味がなく、漠然としていた。だが、神様にここまで言われた事に驚きを隠せない。  自分を助けてくれた神様の言葉を信用する以外にどうしようもなかった。 「それは光栄だな……それで俺はこれからどうなるんだ?」  このまま死の世界で記憶がないまま、さ迷い続けるなんて彼には苦でしかない。ただ神様と話をして、これで終わりなんて、儚い夢を見せるのと同じくらい残酷だ。  その不安が表情に現れ、神様もまたそれを見透かし直ぐに口を開いた。 「貴方はまだ死ぬはずではなかった、これは私のミスでもあります。貴方が生きたいと望めば、今すぐにでも第三の世界に転生させてあげられますが……」 「第三の世界?」  聞きなれない言葉に彼は首をかしげて復唱し、神様を見つめると、その紫の瞳は罪悪感と愁いを帯びていた。  何故そのような表情をしているのか彼には理解できず、それが何処か腑に落ちない。  しかし、今の彼が知っている唯一の存在は神様のみ。他に頼るあてもなく素直に説明を聞くしかなかった。
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