~静寂の始まり~

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 今日は寒い……寒い冬の一日だった。  薄暗くなった空からは、しんしんと白い結晶が降り続けて、街頭の光によってきらきらと輝いている。  高層ビルが立ち並ぶ灰色の街は十年ぶりに雪化粧に身を包み、もうじきやって来るクリスマスのために、天からのささやかな贈り物が最後の飾り付けを済ませたかのようだ。  無機質な冷めた灰色とは裏腹に、ガラスの向こうからは暖かいオレンジ色の光が漏れ出している。  お店のショーウィンドーには白い粉状のスプレーで、サンタやトナカイ、更にはクリスマスツリーが描かれ、可愛らしいぬいぐるみや、おもちゃが顔を覗かせていた。  交差点の信号機にも雪は重々しく積もり、ずっと赤点滅している。予想外の積雪量に交通網は完全に麻痺し、路上で止まったままの車もちらほら見られる。  この日ばかりはお天気コーナーも当てにはならない。いつも画面の向こうで爽やかな笑顔を浮かべている気象予報士たちの面子も丸潰れだ。  この事は大々的にニュースとなり、白く染まる街を様々な色が彩った。  そんな街の交差点の真ん中に一人の黒の青年がいた。冷たい白い絨毯の上を自らが流す、鮮やかな赤に染めて、ただ眠るように……。  ……一体、俺に何が起きたのだろう。何も思い出せない。ただ分かることは体が凄く重くて、寒くて……指を動かす事も目を開ける事さえも出来ない。それから額から止めどなく流れる……温かくてドロリとした感触。  先程まで静寂していた周りから、一瞬遅れたように悲鳴が上がった。  パニックを起こして逃げ惑う人、携帯電話を片手に叫んでいる男性、目の前の現状が理解できず呆然と立ちすくむ女性、大人たちの異常な反応に泣き叫ぶ子供。  あぁ、そうか……俺は……。  そして黒の青年は再び静寂に包まれた――。
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