~静寂の始まり~

6/21
158人が本棚に入れています
本棚に追加
/167ページ
「ここは死後の世界、天界と呼ばれる場所です。人は生と死、二つの世界を行き来……つまり輪廻転生を繰り返しています。 一度その世界を離れ、違う世界に行く際に、人は再び生を受ける対価として、記憶を世界に捧げなければなりません。 無理に思い出そうとすれば、世界はその人を拒み、魂という存在を消そうとします。頭痛はその警告ですね。中にはその理を覆す人もいますが、稀な事です」  神様の話を聞いている内に頭痛も治まり始めたのか、彼の表情は和らいだ。  話の内容からすれば“記憶を捧げる”らしいが拭えない疑問が浮上する。 「何故俺は言葉や椅子とか机、時計とかの事を忘れてないんだ? 可笑しくないか?」  彼はきっと誰もが思うであろう疑問をぶつけた。神様はそれを聞くなり、しばしば目を瞑り(つむり)言葉をまとめ終えたのか、ゆっくりと口を開いた。 「それは記憶が消えると言っても、死んだ時に全てが消える訳ではないのです。貴方から消えたものは、今まで関わってきた人と家族、その名前と顔、住んでいた場所、一部の情景、考え方。それらの貴方個人の情報だけです。 共通……つまり先程貴方が口にしたようなものに加えて、動物や物体などは新たに生を授かる時に、ここに置いて行くのです。とは言うものの、情景や考え方などの不特定な記憶は個人差がありますけどね」  ……全て無くなるって事で良いのか? 「よく分からないな」  彼は眉間を指でつまみながら呟く。何となくは理解できたが、全てを飲み込める程簡単なものではなかった、というのが結論だ。 「そうですか……ではこちらから質問させていただきます。貴方はあの光を見て“綺麗だ”と言いましたよね?」  神様が指差す先にはあの粒子状の光が舞い落ちていた。
/167ページ

最初のコメントを投稿しよう!