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しばらくすると暗闇に目が慣れていき、数え切れない輝きが黒の空を覆っていた。
その日は晴れていて、寒くて、月がなかった。そのため、普段は見えないような満天の星に目を奪われ、そのまま吸い込まれてしまいそうだ。
そして一つの星が流れたのを切っ掛けに、次々と星が流れ出した。星たちが織り成す天文現象、双子座流星群だ。
止む事を知らない星の雨に魅了され、とうに寒さなど忘れ、立ち上がって両手を星空に伸ばしていた。
凍える風がさぁーと耳元を撫でる音だけが聞こえる幻想的な世界。
その喜びを共有しようと、隣に立っていた人に話し掛けようとした瞬間、その人は闇に溶け込むかのように消えてしまい、幼い彼は一人、空に笑い掛けていた。
――あぁ、そういう事かよ。
彼の思考が止まり、光を失ったような黒い瞳は、幼い記憶の彼と同様に空虚を見つめている。
そんな彼を心配そうに見つめ、神様は口を開いた。
「分かりましたか? 貴方はその光景を、誰かといた事実を覚えている。ですが一緒にいた人の顔、会話したであろう内容を忘れてしまった。それが対価なのです」
現実に引き戻されて思考がよみがえった。神様が言っている事は理解できた。が、それと同時にその違和感と喪失感から吐き気が押し寄せてくる。
彼は勢いよく立ち上がり、椅子が大きな音を立てて倒れた。
「俺は……俺は一体……」
彼がそれを考え始めると、先程とは比べようにならない程に苦痛が色濃く顔に浮かんだ。
その痛みに耐えきれず、真っ白な床に倒れ込み、頭を抱えてうずくまった。額からは尋常ではない量の汗がにじみ出て、その辛さを物語っている。
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