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風のない、静かな夜。
遠くの空では小さな小さな星が一面に広がり、チカチカと震えるように瞬いている。
凍えそうなほど白く輝いている満月が、夜空の主の如く頭上から見下ろしている。
地表は静寂に包まれたまま、穏やかに夜が更けていく。
そして、その月に見守られた宵闇の中に、人影があった。
「…………」
年頃は10代らしい娘が一人。顔立ちはあどけなさが残るものの整っていて、白い肌に映える黒髪が艶やかに背中へ流れている。
淡い水色の生地に花菖蒲が描かれた着物を纏った、なかなか美しい娘だ。
世間の男達が放っておくはずがなさそうな、可憐な雰囲気を放っている。
「…………」
そんな娘は、夜の静寂の中、1人で月を見上げていた。
ここは人里から遠く離れた奥深い山の中にある、澄んだ水を湛えた湖だ。
その湖の中央に、まるで舞台のような平らな大岩が湖面から突き出ている。その岩に腰掛け、足首から下を足湯でもしているかのように水に浸けて。
輝く月の下に、凪いだ湖。そこにたった一人で月を眺めている娘。
――――彼女は、人間ではない。
娘は、この湖を源流とした川に棲む妖怪“川姫”。川の氾濫を鎮める人柱として命を落とした無念から生まれた、見た目は人間にしか見えない妖怪なのだ。
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