悪魔はかくも人をもてあそぶ

3/3
前へ
/10ページ
次へ
一気に恐怖が押し寄せてくる。 顎が震える。 「いいか、もしお譲ちゃんが一発引いて死ななかったら、さっきの男の借金はしばらく目を瞑っていてやる。もしお譲ちゃんが死んだら今度はまたお前の番だ。」 野次馬の陰から先ほどの男が引きずり出され、惨めな声を上げた。 「しかし、お譲ちゃんみたいな良い女を殺すのは惜しい…… 一晩俺と一緒に寝れば、今日の事は無かった事にしてやるぞ。」 女は首を縦に振りかけたが、最後の最後で自分を取り戻した。 なんて事……、男って最低! あの憐れな男を助けるつもりはない…… でも、こんなやつに従うくらいなら死んでやる。 そう……、私はここに死にに来たの…… 「どうせ死ぬ命だもの…… せめてだれかの役に立つならそれでいいよね……」 こめかみに触れていた鉄の塊は、すでに温かくなっていた。 女は、目を瞑り、震える指にゆっくり力を掛けてゆく。 パン! 乾いた音が響く。 終わった…… 私はこれで死んだの…… こめかみに感じた火薬の熱い感覚。 後は鉛弾がわたしの脳みそをぐちゃぐちゃにして、すべてが終わる…… ぼんやりと目を開ける。 薄明かりの天井。煙草の匂い。あれ……、おかしい、死んでない。 軽くやけどをしたこめかみを触ってみても、そこは何ともなっていなかった。 「ふう……、まさか本当に引くとはね。驚いたよ……」 急に態度が変わったやくざが立ち上がると、その後ろから、先ほど死んだ血まみれの赤シャツの男が現れた。 彼は、大きな看板を持っている。 《ドッキリ大成功!!》 元気よく男は女の方に近づいて来た。 「どうでした?僕の演技!死んだようにしか見えなかったでしょう!」 プラカードを振る男の言葉が理解できない…… 周りの野次馬たちがエキストラだと気付いて初めて、自分が騙されたのだ気がついた。 自分の様子を撮っているカメラマンも現れた。 ちっぽけな椅子に座っていた女は、そのまま机に伏して大声で泣いた。 「どうです!いざ死のうとしてみると、それはとても怖いでしょう。 怖いということは、あなたがまだ生きていたいと言うサインなのです! もう、自殺なんて馬鹿な真似はやめて、これからは楽しく生きて行きましょう!」 仕掛け人の男はニコニコと笑っていた。 「怖がらせてごめんなさい。でも、もう安心ですよ。」 男は女を優しく諭す。 女の鳴き声は、地下室に響き渡った。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

49人が本棚に入れています
本棚に追加