2.スプリング・ハス・カム

9/24
前へ
/161ページ
次へ
ユニオン指定敵性国家、ブリュターニュ首長国を制圧する事を目的でユニオンは戦争を行っていた。当初はユニオンと周辺諸国のみが参加していたが、戦局の膠着の為に次第に徴兵法の対象は広がり、独立した教育機関であるサンドハーストからも一部の生徒が徴用されている。 此処までがレイルが嘗てスヴェインから聞いた事情だ。レイルは忘れていた訳では無かったが、すぐに記憶を呼び起こせなかった。折角希望を持ってやって来たサンドハーストにもあの男のような不条理が影響していると考えたくなかったと、無意識がそう判断したのかもしれない。 「・・誰かが、戦場に行っているんだ。」 「そうだな。」 「きっと大切な人が行っているんだね、あの人の。」 レイルは複雑な気持ちでシルクを見つめた。憐憫や同情よりも、自分の半生と彼女が重なった。シルクは何を感じたのだろう。チェチェリアを失った時のレイルのように、成す術も無く立ち尽くしたのだろうか。 レイルにとっての世界はまだ狭い。失われた家と、あの施設と、サンドハースト。それらの間を行き来する時の風景。今まで関わってきたのも同年代の子供達か自分達の世話をする大人達だけだ。レイルの好奇心はまだ狭い世界を広めようとする、魂の無意識的な衝動なのだろう。 だが、同時に知っていく恐れがあった。レイルは一方的な力で居場所や仲間を奪われ、当てのない世界に放り出された。その時からレイルにとっての世界に陰が生まれた。触れ難い、悍ましい陰が。世界を知る毎にその陰が広がっていくのではないか、世界がそのまま陰に染まってしまわないか。 チェチェリアがいた世界が暗くなっていくのが、レイルにはどうしようも無く辛かった。
/161ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加