1.アフター・イエスタデイ

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変化は不意に訪れた。 一人の男が失われた家を訪れた。 当時の僕は彼を見て一抹の不安と、畏怖を抱いた記憶がある。冷たさを絵にしたような男だった。目つきは只者じゃなかった。あの時は言葉にならない、抽象的な畏れを抱いただけだけど、今なら分かる。 あれは人を殺した事があって、人を気軽に殺せる人間の目だ。打算と殺気に彩られ、抜け目なく辺りを警戒している目だ。 その男は家に入るなりチェチェリアさんを呼んだ。スヴェインが呼んできたチェチェリアさんの表情も良く覚えている。目を見開いて、小皺が増えた顔が元に戻るんじゃないかっていうくらい、驚いていた。だけどその後に、チェチェリアさんは澄ました顔に戻った。男を一目見ただけで、全てを理解したような態度だった。 チェチェリアさんは僕達を外に出すと、なけなしの高級感が残っている応接室に男を通した。ドアを閉め切り、カーテンを閉め、部屋に閉じこもって二人きりで話し始めた。 僕は気になってしょうがなかったけど、スヴェインに怒られて様子を見に行く事は諦めた。 ただ、あの時あの部屋に入っていなかった事に対して、僕は喜ぶべきか悔いるべきか、複雑な感傷を抱く事になる。 僕達が夕食の時間に合わせて帰ってくると、男は既に帰っていた。二人で話していた部屋の中でチェチェリアさんは頬杖を着き、辛そうな顔で考え込んでいた。 あんなチェチェリアさんを僕は見た事が無かった。 僕はドアの隙間から覗き見ていただけだが、居た堪れなくなって思わず部屋に踏み出た。ハッと顔を上げたチェチェリアさんに僕は精一杯の励ましの言葉をかけた。何も事情を知らなかった僕の言葉はきっと的を外していたんだろうけど、チェチェリアさんは嬉しげに微笑んだ。
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