1.アフター・イエスタデイ

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此処までが僕の昨日までの話。 ロクでも無い過去だったけど、理事長に会ってサンドハーストに入学する事が決まった時、何かが変わる気がした。これまで何も知らないまま生きてきた日々の中に新しい光が射したような気がしたんだ。 僕はこの時になって、漸く未来というものに希望を持てた気がした。 でも僕の胸の中には小さな古傷が残った。表には出てこないけど、時々痛みを零すような存在感を僕の胸の奥に残していた。その瘡蓋の下に何があるのかは分からない。でも痛みを発する源はきっと暗い感情だ。恨みとか、憎しみとか、怒りとか。そういう感情だ。 何故チェチェリアさんの家を、僕達は失われた家と呼ぶのか。 あの家に名前なんて無かった。僕達にとってあの家はただの家なのだ。君は自分の名前に家を付けるかい?「○○の家」とか、「○○ハウス」とか。君にとっての家には家族がいて、寝床があって、温かいご飯がある所だろう?要はただの家なんだ。 僕達にとってあの家はそれと同じ認識で見ていた。だから僕達はあの家を、ただの家だと思っている。 だけどあの家は失われた。僕達にとっての家で、故郷で、居場所だった所が得体の知れない力によって一方的に失わされたんだ。 だから「失われた家」。もう取り返す事の出来ない、もう帰る事の出来ない所。惜別と哀愁を込めて、僕達は無意識にそう呼ぶようになった。 理事長は僕達に未来をくれた。希望が眠っている未来に僕達は歩き出そうとしている。 だけど過去に残してきた多くの物事は何も改善されていない。まだ暗い陰を落としたまま、僕の中に宿っている。 だから僕は、未来へ進む事を素直に受け入れられなかった。失ってきたものにまだ後ろ髪を引かれていた。 いつか、取り返せたら。 僕は心の中でそう誓っていた。
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