鋏の少女

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 帰りの会を終え教え子たちを見送るまでは普段通りだったが、翌日に授業で使うプリントを作り忘れていることに気が付いた。それも国語と算数の2教科で、これは時間がかかりそうだな、と一つ溜息を吐いてから、覚悟を決めて職員室の机に向かった。随分と近くから響いて来るヒグラシの鳴き声を聞きながら、最新から一つ前のOSのデスクトップ・パソコンに文字を打ち込んでゆく。目を冴えさせる夏草の香りが開け放たれた窓から入って鼻孔をくすぐり、コーヒーが無くとも作業は捗った。 「鍵、宜しく頼むよ」という同僚の言葉で我に返った私は、自分の想像している以上に時間が経過していることを知った。蝉の声は木々の陰へと鳴りを潜め、窓は蛍光灯が放つ光を反射して鏡と化している。「分かりました。出口のそこ、棚の上に置いといて貰えますか」と厚かましくも頼むと、今年で丁度五十を迎える恰幅の良い男性教員は快諾して言葉に従い、「お疲れさん」と言い残し去っていった。  後は人数分のプリントアウトをすれば完了、という所まで来ていた。一度大きく伸びをしてから印刷メニューを呼び出し部数指定を済ませると、決定ボタンを押して帰りの支度を始めた。
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