鋏の少女

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 ビジネスバッグを小脇に挟みながら半ば強引に革靴に足を突っ込むと、職員玄関から外へ出た。職員室の施錠はしたよな、と頭の中で確かめてからコンクリートの階段を下る。  辺りは夜の帳に包まれていた。民家は少なく、朝夕問わず商売に勤しむスーパーや、残業の強要に眉間を揉むビジネスマンを収容する高層ビルなど無いこの一帯は、暗闇の黒をこれでもかと言う程に引き立てていた。  昼間は真夏の太陽が燦々と照りつけ、たとえ日陰に居ようとも熱された大気が発汗を誘うのだが、夜は思いの外涼しく過ごしやすい。左手首に巻かれたアナログの腕時計を一瞥して舌打ちをする。夕飯の時間には間に合いそうにない。家内はリビングのテーブルに料理を広げながら私の帰宅を待っていることだろう。食欲旺盛な娘はフライングをきめているかもしれないが。何がともあれ、早々に帰らなくてはならない。長いこと座り続けたせいで血流の滞った足に喝を入れ、いそいそと校舎裏手にある駐車場へと向かう。  敷地内でも一際巨大な桜の木の右を抜けると、家庭科の実習で植物を育てる小さな畑がある。この畑に隣接する小道を通れば目的地なのだが、そこに差し掛かった私はつい足を止めてしまった。日光の恩恵を受けられない山吹色の向日葵が項垂れ並ぶ中で、明らかに場違いな赤色が佇んでいる。
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