鋏の少女

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 私は戦慄した。  別に自分に向けられた訳でもないのに、夜と少女と鋏という脈絡の無い要素が、とてつもなく不気味に思えた。そこで初めて私は、見てはいけないものを見ている実感を得た。  鋏の刃は向き合う花の首を捉えている。何を実行するかは考えずとも分かった。純粋に鋏の用途そのもの。切ろうとしているのだ。  少女は相変わらず、夜の向日葵と同じように頭を下げている。腹部の中程まで届く長髪が覆い被さるため、前はまともに見えない筈なのだが、鋏は寸分の狂い無く茎を断とうとしている。理由は解らないが、頭の中で警鐘が鳴り響いた。今すぐあれを止めなければならない。だが、ここで飛び出してあの少女に見つかってしまったならーー。その方が何倍も恐ろしかった。言い方は悪いかもしれないが、いい歳した男なのだからあのような少女を組み伏せることなど容易い。しかし、その常識が通用しない相手であると、どういう訳か確信していた。風など無いのに、向日葵たちが危機を感じているかのようにざわめく。揺らめきは伝播して、葉の擦れるささやかな音を立てた。  少女の手が小さく動く。私にはその何でもない変化が、決定的な何かのように思えた。救いを求めるかのように喘ぐ向日葵の堅い茎を、無慈悲に切断するじょきんと言う音が、この距離ではあり得ないのに聞こえたような気がした。
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