鋏の少女

9/16
前へ
/16ページ
次へ
 向日葵は首を傾げるように曲がった後、茎同士でできる鋭角を小さくしてゆき、いよいよ鋏から転げるようにして落ちた。向日葵の花はなかなかに重量がある。そのまま落下するのかと思いきや、吐息のように生温かい風が、やはり奇妙な力をもって花を攫い、横を流れる川へと運んだ。向日葵の花は、川底の大小様々な石が作る水流の緩急になぶられ、浮き沈みを繰り返しながら、下流へと消えていった。  向日葵の花がその姿をくらませきってから、どれくらいの時間が経ったろうか。陳腐な表現ではあるが、一瞬であった筈なのにとてつもなく長いように感じた。忌まわしい儀式に遭遇してしまったかのような心持ちだ。一連の出来事を夢心地で盗み見ていた私は、少女が完全に視界から外れていることにようやく気付いた。果たしてまだ彼女は居るのだろうか。……居ないだろう。もう、終わったのだ。そこかしこから湧く虫たちの鳴き声を、久しく聞いたような気がした。気温も低くは感じない。昨日までと同じ、暑過ぎずとも温暖な過ごしやすいここの空気だ。  そっと視線をあの向日葵の前に戻すと、少女は消えていた。ただ少女の存在が夢ではなかったことを、花を失った向日葵は物語っていた。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加