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「まだ、あそこに住んでるの?」
私がずっとここで暮らしていたように。
「おととしからそこに?」
世間は狭い。
「今から行くの?」
終電まであと十分。
「分かった、行くよ」
二十分の間に男が死ぬことはないだろう。
「じゃあね」
取りあえず電話線上の会話を中断すると、私は脚立の足元の茶封筒を取り上げた。
中身を再度確認すると、間違いなく一万円札が五枚入れてあった。
電車で三駅の移動どころかタクシーを拾ってもおつりが来る。
玄関のドアノブを捻って押すと、刺すように凍った夜気に取り囲まれたが、私は声を立てずに笑った。
四年前、互いに強く引っ張りすぎて切れた糸を結び直すことになるのか、それとも二人で抱き合って坂を転げ落ちる展開になるか、あるいは一方が他方を吊るす結末に終わるか、それは分からない。
でも、少なくとも、この夜が明けるまでは、私はたった一人で首を括らずに済むのだ。(了)
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