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(あの道の向こうに懐かしい風景がある……)
ホゥホゥと時を知らせる時計の音が、再び徹の耳に響き渡った。
――
「母ちゃん、どこに行くの?」
「仕事だよ、徹」
徹の古い記憶の中には、いつも草臥れた顔の母がいた。母、美智はある日、そう言って家を去った。日に焼けて、ガサガサと乾いた美智の手を離したくなくて徹は駄々をこねた。
「さっさと出て行きな。徹は荒木の跡取りだ、アンタにゃ渡さないよ」
祖母の世津子が、犬でも追い払うかのように美智を家から突き飛ばした。
美智は吊り上がった瞳で世津子を睨み付ける。日々修羅場を繰り返す美智と世津子の姿が恐ろしくて、徹の体は硬直し、微動だに出来ず涙を流した。
父の茂は、二人の言い争いが始まるといつも決まって背を向けた。まるでその耳には何も届いていないかのように思えた。
いつしか徹は、美智と世津子の怒鳴り合う声を聞く度に息苦しく感じ、耳を塞ぐ癖がついてしまった。
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