第一章

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徹は制止する世津子を振り払い、美智を追い掛けて玄関から飛び出した。足腰の強い美智は既に遥か遠く離れていたけれど、畑の畦道を歩くその姿を遮る物は何もない。徹は無我夢中で美智の背中を追い掛けた。 「母ちゃーん!母ちゃん!」 高原の澄んだ空気は徹の声を美智の元まで運んだ筈だ。それでもその背中は振り返る事もなく、遠く小さくなっていった。 とうとう、追い掛ける事を諦めた徹は畦道に立ち尽くす。大きな太陽がゆっくりと山の向こうに消えてゆき林立するカラマツが夕焼け色に染まる 胸にズキズキと棘が刺さったような痛みが走った。 "母ちゃんに捨てられた" 口に出すのも恐ろしい事実が徹にのし掛かる。まだ現実味が無く、実感も湧かないままに、元来た道を引き返した。 「徹。早く飯を食ってしまえ」 茂は背を向けたまま泣きじゃくる徹を一喝した。無表情で涙ひとつ見せない茂が、裏山に林立するカラマツの内の一本にすぎないように思えた。
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