第一章

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徹の生家は代々林業を生業としていた。最早、手の皮の一部と化した松脂を気にする事もなく、茂はカラマツを切っては植え、黙々と日々作業を繰り返した。 それだけでは生計が成り立たず、美智が度々東京に出向き、知り合いの経営する食堂を手伝い出稼ぎをしていた。 茂と美智はこの村で育った。美智は若い頃、東京に憧れこの村を捨てた。戦中の混乱と都会での暮らしに疲れ果て帰郷した美智は、その後、茂と結婚をしたのだと幼い徹にぽつぽつと話した。 世津子はそんな美智が気に入らず、冷たく当たっていた。「都会にかぶれた性根の悪い女だ」と罵った。美智の留守中、徹は世津子に頼るしか他はない、粗末な畑の世話をする世津子にまとわりついては怒鳴られる。そんな日々の繰り返しだった。 「徹。畑を見るより父ちゃんの仕事を覚えておけ。とうちゃんが植えたカラマツを育てるのはお前なんだ」 世津子の口癖を徹はすっかり暗記していた。それでも鬱蒼とした山の中にいるより広々と畦道が続く畑が好きだった。林業だけの暮らしが楽ではない事は、幼い徹にも漠然と把握出来ていたからだ。
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