鬼の影

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「そんな顔をするんじゃないよ、ただの咳なのだから。そうだね、お茶を淹れておくれ」  私の心中を察した様子のお義母様が、やはりくすくすと笑いながら仰います。  私は、はいとだけ返事をして急須に湯を注いだのです。 「素晴らしい場所だったのだよ。川の――大蛇川の近くだった。夏は気持ちの良い風も吹くし、何より人通りも良い。御店の主人もなかなかの年寄りで身寄りも無いときた。あの人も必死で頭を下げてたんだよ『どうかその土地を譲ってくれ、礼金は後から必ず払う。いや、もっとしっかりとした恩返しをするから』ってね」  ――だけど、鼻で笑われたんだよ。  その声のあまりの暗さに、私は思わず手を止めました。  苦虫を噛み潰したようなその顔は、何をお思いになられているのか――私には分かりませんでした。  一方でその主人の顔を、一方で大旦那様の顔を、一方で自らの心の内を……それらを覗かせていました。 「確かに言い分も分かるもんだ。あちらからすれば、何処の馬の骨かも分からない若造が、意味の分からない事を言ってるんだからね」
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