鬼の影

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「この世にはね、鬼がいるんだよ。人の皮を被って上手に紛れ込んだ鬼がね……」  お義母様(おかあさま)がそう仰ったのは、亡くなるちょうど一月程前で御座いました。  私はこの和泉屋(いずみや)の主人、富一に嫁いでお義母様の身近のお世話をさせて頂いたのです。  部屋の空気を入れ換えようと唐紙を開け、中庭の草木を見ながら、私は何を言えば良いのか分からず口を閉じておりました。 「ふふふ、私が何を言っているのか分からないかい? それもそうだろうねえ……」  御自分で訊き、御自分で答えを出すのはお義母様のいつもの癖で御座います。くすくすと、それこそ年頃の娘の様にお笑いになりました。  中庭に生える草木は日の光を一身に浴び、お義母様の笑い声と相まって不穏な空気など存在しないように思えたものです。 「お前が富一のもとへ嫁ぐことになった切っ掛けを憶えておいでかい?」  振り向いた私に、笑顔でそのまま訊ねられました。 「勿論覚えています。あれは、一年前の火事で――」  そう、あれは十月も中頃のことでした。蒸し暑い季節も終わり、空気が乾いてきていました。
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